『サピエンス全史』を読む前に読む

ハラリ『サピエンス全史』を読む前に読む。

Sapiens:

A Brief History of Humankind

この記事は
『サピエンス全史』の補教材
行間を埋める役割を果たす

とにもかくにも構想の大きな『サピエンス全史』の行間を埋めるために書かれた記事。読む前に読むもよし、立ち止まって位置確認に使ってもよし、読了後の余韻に浸りながら巻き戻すも良し。

『サピエンス全史』とは、なに本か?

教養本の世界的ベストセラー

まずは概要。40歳のイスラエル人歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリによる世界的ベストセラー書籍。カテゴリは人類史で、副題は「文明の構造と人類の幸福」、出版は河出書房新社、原書は『Sapiens: A Brief History of Humankind』。

48カ国で刊行され、発行部数200万部を超える歴史書では類を見ない本だ。

次に内容。日本では上下巻、約500ページを超える分厚い本、そして一見すると難しいそうなタイトルと副題だが、世界史嫌いの人でも隔たりを感じずに読み進められる。世界史や日本史の教科書にありがちな特定の国や事件、自国の文化や宗教に限定せず、人類全体の歴史に重きをおいている。

そしてテーマ。アフリカで暮らしていた取るに足りない生物であったホモ・サピエンス。これが私たち現人類。そして、そのホモ・サピエンスが、なぜ食物連鎖の頂点に立ち、文明を打ち立て、地球を支配するまでに至ったのだろうか?これが『サピエンス全史』に流れる大きなテーマだ。

『サピエンス全史』の書評や評価は、Amazonのコメントか各種書評サイトをみれば一目瞭然である。日本では2017年年初にNHK「クローズアップ現代」で特集されたこともあって、一気に火がついた。2017年4月時点では『サピエンス全史』文庫版はまだ出ておらず『サピエンス全史』Kindle版と単行本が出版されている。

誰が『サピエンス全史』を書いたのか

ユヴァル・ノア・ハラリ

Yuval Noah Harari

1976年生まれのイスラエル人歴史学者。オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻して博士号を取得し、現在、エルサレムのヘブライ大学で歴史学を教えている。軍事史や中世騎士文化についての3冊の著書がある。オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している。

オフィシャルサイト

最新著書

Homo Deus
“Sapiens explained how humankind came to rule the planet. Homo Deus examines our future.”

『サピエンス全史』が過去なら『Homo Deus』は未来がテーマ。

(邦訳版未刊行:2017年4月時点)

なぜ『サピエンス全史』を書いたのか

まず、これは日本人が日本人の歴史的な背景をもとにして書いた本ではない。

著者はイスラエルに生まれ育ったユダヤ人である。パレスチナとの間で紛争が絶えず、なぜ人類は戦争を繰り返すのか。その大きな「矛盾」を感じる中で、その答えを探ろうと軍事史の研究を続け、過去の歴史を再考するなかで本書は書き上げられた。そして、大学教授のハラリが学生との対話の中で、「学生でも読みやすい本」となってこの世に生まれた。

このような背景を意識して本書に向かえば、腹落ちしやすい。

秀逸な翻訳に支えられた本書

 

読みやすさが良書とは限らない翻訳本、だが

外国語の本を読むことは母国と異なる文化、異なる言語、異なる文章構成や表現を味わうこと。原文を活かすのか、あるいは原文らしさを捨てて強制的に日本語の読みやすさを重視するかは翻訳者のさじ加減である。

本書には見事なまでのバランスが備わっている。原書の良さは作者によるものだが、本書の良さは加えて美しき訳文に支えられている。歴史書にも関わらず仏教から生物学、経済学、遺伝子工学までさまざまなジャンルのワードが縦横無尽に走るのだが、翻訳書であることを忘れてしまうレベルである。

訳者は柴田裕之

シェアリングエコノミーの名著リフキンの『限界費用ゼロ社会 〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭』の訳者でもある。

煽り文句からアウトラインをつかむ

ホモ・サピエンスの600万年を600ページにまとめたものを、さらに要約するのは容易ではない。そこで、各書店やメディアによる本書の評価と煽り文句からアウトラインをつかむ。

国家、貨幣、企業……虚構が他人との協力を可能にし、文明をもたらした! ではその文明は、人類を幸福にしたのだろうか? 現代世界を鋭くえぐる、48カ国で刊行の世界的ベストセラー!

出版元河出書房

アフリカで暮らしていた取るに足りない生物であったホモ・サピエンスは、なぜ食物連鎖の頂点に立ち、文明を打ち立て、地球を支配するまでに至ったのだろうか?

honto

文明は人類を幸福にしたのか?帝国、科学、資本が近代をもたらした!現代世界の矛盾を鋭くえぐる! 近代は帝国・科学・資本のフィードバック・ループによって爆発的に進歩した!ホモ・サピエンスの過去、現在、未来を俯瞰する名著!

Seveneleven

さぁページをめくろう

『サピエンス全史』を読みながら読む。
この本の前後に目を通したい本

本書は人類史の歴史本である。しかし、よくある年表暗記系の歴史教科書とはおおきく異なり、仏教から宗教学、経済学、金融史、遺伝子工学、生物学、と射程範囲がものすごく広い。下手すれば雑学に終わりそうな知識を統合してくれる、学際的に見立ててくれる、リベラルアーツな本である。同じようなビッグストーリーをいくつか紹介。

同じく人類史に挑んだ名著

『銃・病原菌・鉄』

なぜ人類は五つの大陸で異なる発展をとげたのか。分子生物学から言語学に至るまでの最新の知見を編み上げて人類史の壮大な謎に挑む。ピュリッツァー賞受賞作。人類史関連本の中では名著中の名著と言われるほどのスゴ本。「どうして人類は地域によって発展度合いが異なったのか?」を解き明かす本がジャレドの本。一方の『サピエンス全史』は「なぜ人類(ホモ・サピエンス)だけが地球の支配者になれたのか」を解き明かす本。

ハラリはとあるインタビューで『サピエンス全史』執筆にあたって影響を受けた著書は?の答えに、「大きな問いに対して科学的な方法で答えている。しかも一般の人にも分かるストーリーにして。執筆の一つのモデルになった」と、この『銃・病原菌・鉄』をあげていた。どちらも上下巻の大書だが、必読の書といえる。

射程範囲はより広いビッグヒストリー

『ビッグヒストリー われわれはどこから来て、どこへ行くのか――宇宙開闢から138億年の「人間」史』

最新の科学の成果に基づいて138億年前のビッグバンから未来にわたる長大な時間の中に「人間」の歴史を位置づけ、それを複雑さが増大する「8つのスレッショルド(大跳躍)」という視点を軸に読み解いていく。

宇宙論、生物学、化学などの自然科学と歴史学、地理学、社会学などの人文社会学が融合した「新しい学問」、ビッグヒストリーの教科書的な位置づけ。ちなみに『ビッグヒストリー』のアオリ句が「われわれはどこから来て、どこへ行くのか」、一方の『サピエンス全史』は「なぜ我々はこのような世界に生きているのか?」。

ホモ・サピエンスの未来は明るい

『繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史 』

歴史を駆動するものは何か?それは「アイデアの交配」だ。膨大なデータで人類史の謎を解き明かす、知的興奮の書。石器時代からグーグル時代にいたるまでを、ローマ帝国、イタリア商人都市、江戸期日本、産業革命期英国、そして高度情報技術社会などを例に、経済、産業、進化、生物学など広範な視点で縦横無尽に駆けめぐる。

東西10万年をつうじて人類史最大の謎「文明を駆動するものは何か?」を解き明かす英米ベストセラー。こちらの本は原題が『The Rational Optimist』で合理的な楽観主義者という意味。『サピエンス全史』と同じく人類史(過去)と、人類の未来について書かれているが、タイトル通り楽観視しているのが特徴。

人間がこの世界を切り開いた原因に「交換」「専門性=つまり分業」の2つに重点を置いている。『サピエンス全史』でも、交換手段としての貨幣を取り上げており、過去の繁栄の原動力になった点では類似している。

この本は、いつの話をしてるのか

この本が対象としている歴史は、600万年の人類史である。わたしたち人類が600万年前にチンパンジーを卒業し、250万年前から進化を始めた。しかし250万年といわれてもピンとこない。だから、ホモ・サピエンスの進化を1年間365日で例える。この本が取り扱う時間的な範囲を1年間に置き換えると、こうなる。

チンパンジーを卒業して1年たった。そして1年前に私たちホモ(ヒト)属が進化をはじめた。3ヶ月前くらいに火を使いはじめて、1ヶ月前に私たちホモ・サピエンス(ホモ属の1種類)が進化した。10日前に私達は言葉を覚えたと思ったら、3日前には生きてるホモ属は私たちだけになってた。

2日前に、狩りをやめて農業を拡大し始めた。今日の午前中に文字が書けるようになり、お昼過ぎに貨幣を使って生活を始めた。夕方、キリスト教やイスラム教といった宗教が流行る。夜、資本主義が産声をあげ、つい1時間前に産業革命が起きて、1秒前にインターネットが生まれた。そして今、そして1秒後。

ホモ・サピエンスの歴史年表

[ 万年前 ]

本書の構成

上下巻500ページを超えるとなると、どうしても迷子になる。立ち止まったら、この4つのいずれかのパートについて書かれていることを思い出してほしい。

人類の歩みを、その夜明けである言語獲得による「認知革命」、集団行動のきっかけでり史上最大の詐欺という「農業革命」、人類の進んできたのは実は「人類の統一」だったという壮大なストーリーと、そしてヨーロッパ発の「科学革命」による現代、そして未来の絵。この4部が本書の構成である。人類の統一の途中までが上巻。残りが下巻。

認知革命

The Cognitive Revolution

人類の統一

The Unification of Humankind

農業革命

The Agricultural Revolution

科学革命

The Scientific Revolution

チンパンジーにフィクションが語れるか?認知革命のはじまり。

ハラリが出した答えは「人類だけが得たフィクションを信じる力」

いま、食物連鎖の頂点に立ちこの地球を支配しているのは、自らを厚かましくも「賢いヒト(=ホモ・サピエンス)」と呼んでしまう私たちである。なぜ、このホモ・サピエンスだけが地球の支配者になれたのか?ハラリが出した答えは「人類だけが得たフィクションを信じる力」である。

このフィクションを信じる力こそが、人類繁栄の源にあるという。これが本書全体に流れる大きなテーマである。これを想像力と呼び、この力によって多数の見知らぬもの同士が協力し、柔軟に物事に対処する能力を獲得できたという。

例えば、昆虫のハチやアリも多数協力するがそれは近親者に限られるし、行動も進化のプログラムの中でしかなく、柔軟性は劣る。またチンパンジーには柔軟性が備わっていると言われているが、ごく少数の身内に限られた柔軟性であり、多数協力とはならない。私たちホモ・サピエンスと別の種族にネアンデルタール人がいたが、「リンゴがある、敵がいる」といった実際に見えるものしか言葉にして周りに伝えることができなかった。つまり、想像力に欠けていたわけだ。

目に見えること以外のものを語れるようになったのがホモ・サピエンスだけの能力「想像力」。このターニングポイントを本書では「認知革命(Cocnitive Revolution)」と呼んでいる。これが約7万年前に起きた大革命の1つである。

この認知革命を経て、フィクションすなわち架空の事物について語れるようになったわけだが、ハラリは曰く「ネアンデルタール人のような客観的な現実の世界だけの語り合いでなく、主観的な世界、それも大勢の人が共有する「共同主観的」な想像の世界にも暮らせるようになった」と指摘する。

そこから伝説や神話、神々、宗教を生み出し、それを共有する者なら誰もが柔軟に協力する能力を獲得した。虚構を作り変えればすぐに行動パターンや社会構造も変えられるので、サピエンスは遺伝子や進化の束縛を脱し、変化を加速させ、他の生物を凌駕しはじめたという。いくつか認知革命の本書からの引用をご紹介。

それまでも、「気をつけろ! ライオンだ!」と言える動物や人類種は多くいた。だがホモ・サピエンスは認知革命のおかげで、「ライオンはわが部族の守護霊だ」と言う能力を獲得した。虚構、すなわち架空の事物について語るこの能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。

たとえばチンパンジーに、良い行いをすれば死後チンパンジー天国でたくさんのバナナを手に入れられるから、いまその手にあるバナナを寄越せといっても説得することは不可能でしょう。でも、人間はそれを信じることができる。

関連情報
共同主観的(Inter-subjective)は、二人以上の人間において同意が成り立っていることを指す言葉。 この状態は主観的であるよりも優れており、 客観的であるよりも劣っているとみなされる。本書ではP151、英語版原書ではP117参照。

現人類とチンパンジーの差とは

「わずか600万年前,ある一頭の類人猿のメスに2頭の娘がいた.そして,1頭はあらゆるチンパンジーの祖先となり,もう1頭が私たちの祖先になった。」

認知革命が起きるはるか昔の600万年前、人類とチンパンジーは同じ祖先だったと世間では言われている。その根拠の1つが両者のDNAが99%一致説。よく言われるのは人間とバナナの遺伝子(DNA)は50%が一致、人間と犬では80%が、チンパンジーにいたっては99%のDNAが共通だという。

実態は人類とチンパンジーの遺伝情報37億文字のうち、大きく異なる13億文字(35%)を除いた24億文字(65%)だけを比較して、人類とチンパンジーのDNAが99%と一致すると言っているに過ぎない(らしい)。99%一致説は誤りだということをGIgazineで紹介している。

『銃・病原菌・鉄』の著者ジャレド・ダイアモンドは99%のDNAが同じだという前提のもと、このわずかな遺伝子の差が、いかにしてヒトを人間にしたのか?をテーマにした『人間はどこまでチンパンジーか?』という本を書いている。そしてそのダイジェスト化して最新情報を盛り込んだのが『若い読者のための第三のチンパンジー: 人間という動物の進化と未来』。

【悲報】史上最大の詐欺に出くわす

教科書に載っていた農業革命はバラ色。ハラリは違う「あれは史上最大の詐欺」だと。

認知革命を経てフィクションを信じる力(すなわち言語と意思疎通方法の獲得)を身に着けたホモ・サピエンスがつぎに起こした革命は農業革命である。ハラリは、この農業革命を「人類史上最大の詐欺」だと言い放つ。

1万2千年前に起きた農業革命は、狩猟時代から農耕時代へと移行する革命であって、単位面積当たりに得られる食物は増え、人類の数は指数的に増えた。ここまでは人類にとっての大きな前進といえる。

しかし本書は、人類の幸福にフォーカスした歴史書であることを忘れてはいけない。農業革命で、畑を耕したり収穫したり、遠くの水源から水を運ぶ、というような肉体労働が増え、実際は身体的な苦痛、負担が大きくなった。

狩猟採集より、きつい肉体労働をすることになって、主食は米や小麦など非常に偏り、より貧しくなったはずだとハラリはいう。人類が小麦に家畜化されている(We did not domesticate wheat. It domesticated us.)というのがハラリ説である。目から鱗。

「小麦という植物から見れば、人間を働かせて小麦を増やさせ、生育範囲を世界中に広げることに成功した」

農業が始まると、狩猟採集とは違って「未来」「将来」にたいして準備ができるようになった。つまり、人類は初めて余剰作物を手にした。これが、政治や社会体制に結びついて、戦争、芸術、哲学の原動力になった。

余剰作物が生まれて、一緒に暮らす人間の数も増える。そうなると膨大な量の情報処理が必要になってくる。それらの情報処理は狩猟採集生活にはなかったもので、ヒトの生得的認知能力だけでは処理しきれない。こうして文字が生みだされた。実際にメソポタミアの最初期の文字記録は、話し言葉ではなく、みな会計的な記録であったという。

関連情報:農耕民族vs狩猟民族の構図

銃・病原菌・鉄』でも同時代について言及している。人類史を振り返ると、狩猟を生活の中心としている部族を、農耕中心の部族が攻め滅ぼすケースが多々あったという。農耕民は食糧の保存が効くため余剰人員を生み、そこから分業(役人、軍人、首長)を発生させやすいという理由。

歴史家ハラリの本領発揮。クライマックスへ。

世界はひとつに、貨幣・帝国・宗教による人類統一へのみち。

この分厚い物語のテーマをもう一度思い返そう。それは「主人公ホモ・サピエンスがどうして地球を支配できたか?」である。認知革命と農業革命を経て、火を操り、言葉を話し、未来を語れるようになったホモ・サピエンスは、加速度的に強さを手に入れたことはわかった。次の問題は、どこに向かって走り続けてきたのか?ということ。

ハラリに言わせれば、人類史という俯瞰的な見方をすれば「歴史は統一に向かって執拗に進み続けている」という。地球には何千もの社会があった。しかし、紀元前2000年にはその数は数百となった。1450年には、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、メソアメリカ、アンデス、オーストラリア、オセアニアで形成されるようになった。そしていま、わたしたち人類は1つの社会、グローバル・ビジョンに住んでいるという。ここは1つのクライマックスで歴史家ハラリが本領発揮するパート。

人類統一への3つの原動力「貨幣」「帝国」「宗教」

ヨーロッパが世界を席巻し、世界中に同様の地政学的制度(これを国家という)、経済システム(これを資本主義という)、法制度、科学制度を行き渡らせている。世界はひとつに、グローバルヴィレッジにわたしたちは住んでいる。この統一への道への原動力となったのが、3つの普遍的秩序「貨幣」「帝国」「宗教」だという。このあたりの記述は第3部「人類の統一」に該当し、歴史学者ハラリの本領発揮である。

貨幣という秩序

貨幣を使う貿易商人にとっては、全世界が単一の市場となった。

帝国という秩序

帝国の征服者にとっては、全人類は潜在的な臣民となった。

宗教という秩序

全世界は単一の心理を内包していて、全人類は潜在的な信者となった。

人類統一は貨幣の登場から始まる

「これまで考案されたもののうちで、貨幣は最も普遍的で、最も効率的な相互信頼の制度なのだ」

農業革命が起きてすぐに貨幣が生まれたわけではない。知り合いの集落で暮らす程度だったから、必要なのは物々交換ていどだった。しかし、都市ができあがると事情が変わってくる。もはや物々交換では間に合わないほどの交易が日々行われはじめる。

交易を支えるには貨幣が必要だった。貨幣ならだれもが喜んで受け取ってくれる。また貨幣は何にでも転換できた。貨幣はまた蓄えることもできた。持ち運ぶのも可能だった。貨幣は想像のなかでしか価値をもたない。信用こそが貨幣の本体なのだ。

貨幣は人間が生み出した信頼制度のうち、ほぼどんな文化の間の溝をも埋め、宗教や性別、人種、年齢、性的指向に基づいて差別することのない唯一のものだ。貨幣のおかげで、見ず知らずで信頼し合っていない人どうしでも、効果的に協力できる。

Money is the only trust system created by humans that can bridge almost any cultural gap, and that does not discriminate on the basis of religion, gender, race, age, or sexual orientation.Thanks to money, even people who don’t know each other and don’t trust each other can nevertheless cooperate effectively.

関連情報
このあたりの貨幣や通貨に求められる機能については、経済学でいう貨幣3機能「価値の尺度、価値の保存、交換の手段」を参照されたし。

板谷敏彦『金融の世界史: バブルと戦争と株式市場
金融の歴史全体を俯瞰したいならおすすめ。メソポタミアからリーマンショックまで取り扱っている。

岩井克人『貨幣論
貨幣とは何かという問に1つの答えを用意してくれている。「われわれが貨幣を受け取るのは、将来それを(商品と引き換えに)受け取ってくれる他者が必ずあらわれるはずだと信じているからだ。」

岩井克人『ヴェニスの商人の資本論
経済学とは疎遠な人に貨幣のもつ興味深い役割を教え、世界史嫌いにヨーロッパ社会におけるユダヤ人の役割を教えてくれるの。

人類統一は帝国が推し進める

人類統一への原動力、続いては帝国。この帝国というのがピンとこない。辞典的な意味では「皇帝の統治する国」であるが、ある特定民族が中心になって、他の複数民族を統治する国家として読み進めれば不都合はない。帝国の定義より重要なのは、この一文。

過去2500年間、帝国は世界でもっとも一般的な政治組織だった。多くの民族が帝国に呑みこまれていった。一つの帝国が滅んでも、被支配民族が独立するのはまれで、たいていは次の帝国がその民族を呑みこんでいった。

帝国によって「彼ら」が「私たち」になる

つまり一度帝国の中に入った民族は、そこから抜け出さないし、抜け出せない。つまり、帝国は「彼ら」だった別の民族が、「私たち」になる原動力だと言える。「私たち」が増えれば増えるほど、それは人類の統一という流れに合致する。

ここで、帝国とは何か?に立ち戻っておくと、ハラリは2つの機能をもった政治秩序と定義付けしている。ひとつは文化的多様性、もうひとつは領土の柔軟性という。

ハラリによる帝国に備わる2つの機能

1.文化的多様性:それぞれが異なる文化的アイデンティティと独自の領土を持った、いくつもの別個の民族を支配していること

2.領土の柔軟性:帝国は、自らの基本的な構造もアイデンティティも変えることなく、次から次へと異国民や異国領を吞み込んで消化できる。

人類統一の最後の仕上げは宗教

人類の統一の3要因の最後は宗教。サッカーは宗教か?いや違う、なぜならスポーツには多くの決まりごとがあるが、サッカー自体は人間が発明したもので、いつでもゴールを大きくしたり、オフサイドルールを変更することができる。ここでいう宗教とは人間の気まぐれでは決められない、絶対的な至上の権威が決めた秩序なのである。

ハラリの宗教の定義によると、「宗教は、超人間的な秩序の信奉に基づく、人間の規範と価値観の制度」。さらに、全くしらない人間集団をまとめあげようとすると、宗教には2つほど、備えるべき特徴がある。

1.いつでもどこでも正しい=普遍的であること
2.その信念を広める必要がある=宣教すること

では、人類史においてこの2つの特徴を備えた宗教とは何か。普遍的宗教の例として、『サピエンス全史』で取り上げられているのが一神教と仏教である。ここでいう一神教はキリスト教とイスラム教のこと。そして、その宗教がどのように世界をまとめあげてきたのか。

一神教の第一原理は、「神は存在する。神は私に何を欲するのか?」だ。それに対して、仏教の第一原理は、「苦しみは存在する。それからどう逃れるか?」だ。

1.狩猟採集時代には局地的なアニミズム的な信念体系だったが、農業革命で動物は人間と対等な霊的メンバーから人間の資産に格下げされた。そして代わりに神々を求めた。

アニミズムは、自然界のそれぞれのものに固有の霊が宿るという信仰。日本でいう八百万の神。
2.交易ネットワークの拡大は多神教の出現につながり、人々は世界を神々と人間の関係の反映としてみるようになった

3.神々(多神教)の中から、自分のお気に入りの神が唯一だと考える「局地一神教」が現れ始める。キリスト教が全人類に向けた広範な宣教活動を組織し始めたとき、変化が生じた

4.結果的に東アジアとアフリカ南部を除く世界は一神教に覆い尽くされた。東アジアの仏教は超人的秩序ではなく、自然法則の産物として秩序を考える宗教。

5.宗教の重要性が薄れた時代と言われているが、自由主義,共産主義,資本主義,国民主義,全体主義などの自然法則による秩序を唱える宗教が台頭してきた時代だから。

この新たに台頭してきた宗教というのが、人間至上主義の宗教で、崇拝する人間性によって3つに分けている。

人間至上主義の宗教は、人類を、より正確にはホモ・サピエンスを崇拝する。ホモ・サピエンスは独特で神聖な性質を持っており、その性質は他のあらゆる動物や他のあらゆる現象の性質と根本的に違う、というのが人間至上主義の信念

至高の善はホモ・サピエンスの善だ。世界の残りと他のあらゆるものは、この種に資するためにのみ存在する。

人間至上主義の宗教は3宗派あり、その宗教が現在のサピエンスを統一して続けている。

    • 自由主義の人間至上主義 個人の自由はこの上なく神聖
    • 社会主義の人間至上主義 ホモ・サピエンスという種全体を平等に
    • 進化論的な人間至上主義 人類を退化から守ろうとしたナチス

科学革命前夜に聞く。歴史に必然性はあるのか?

後から振り返って必然に思えることも、当時はおよそ明確ではなかったというのが歴史の鉄則だ。

歴史に必然性はあるのか?の問いに、ハラリはさらりと答える。「ない」と。「過去から現在へは一本だけ歴史のたどってきた道があるが、そこからは無数の道が枝分かれし、未来へと続いている」と言う。

歴史の未来を予測できるか?の問に、ハラリはさらりと答える。「できない」と。歴史は一次のカオス系ではなく、二次のカオス系であり、未来を予測することはできないという。

歴史を学ぶ理由があるか?の問に、ハラリはしっかりと答える。「ある」と。

歴史を研究するのは、未来を知るためではなく、視野を拡げ、現在の私たちの状況は自然なものでも必然的なものでもなく、したがって私たちの前には、想像しているよりもずっと多くの可能性があることを理解するためなのだ。

予測不可能で無数の道が枝分かれした選択の歴史の中で、ホモ・サピエンスは1つの選択をした。それが最終第四部へとつながる科学革命である。人類の運命だけではなく、おそらく地上のあらゆる生命の運命をも変えることになる革命が500万年前におきた。

ついに認めた!無知を認めた人類は、新たな革命を起こした。

サピエンスは、この500年に比類なき発展を遂げた。500年前、人口は5億人だった。いまでは70億人に。500年前、世界一周するのに3年かかった。いまでは48時間に。人類は月に降り立ち、地球全体を破滅できる原子力爆弾をも開発した。人類が手にしたこの力は、科学であり、科学革命によって人類は大きく前進する。
この科学の成立は、サピエンス自らの無知を認めることだったという。科学発展前までは、知るべきことはすべて神や賢者によって知られているという考えがメインストリームだった。ほとんどの文化は進歩というものを信じていなかった。一方、科学は自らの無知を前提に、貪欲に知識を求めてるなかで、500年のうちに大発展を遂げた。

従来のいつか救世主が現れて助けてくれるという幻想から、自分たちは無知であり、新しい知識を応用することで、どんな問題でも解決できると思うようになった。これが、進歩という新しい概念を生み出した。いまでは当たり前の単語「進歩」が生まれたのだ。

進歩を支える科学の進む道はどう決まってきたか?の疑問にハラリこう答える。「この質問に対する科学的な答えはない、政治的、経済的、宗教的な答えがあるだけだ」と。したがって、科学がどの道を進むかは、イデオロギーと政治と経済の力に影響されるというわけだ。そのうちでも、その影響力が絶大なのが、「帝国主義」と「資本主義」で、科学と帝国と資本の間のフィードバック・ループが、過去500年にわたって歴史を動かす原動力になっているという。

「成長」

The Word is Growth

科学革命が起こり、進歩という考え方が生まれた。進歩が生まれたおかげで、将来に信頼を寄せるようになる。この信頼によって生み出されたのが「成長」であり、経済の歴史を語るには「成長」だけで良いとハラリはいう。資本主義に生きる現代人にとって当たり前の主張は、実は人類史上屈指の画期的な発想でもあった。

自分の利益を増やしたいと願う人間の利己的な衝動が全体の豊かさの基本になる

The selfish human urge to increase private profits is the basis for collective wealth

利己主義はすなわち利他主義である

Egoism is altruism

経済成長は至高の善だという倫理観によって世界を覆う資本主義だが、一方でアフリカやインドネシアの労働者が一日味を粉にして働いても、手にする食糧は500万年前の祖先よりも少ない。農業革命が史上最大の詐欺だったというように、ハラリはここでも近代経済の成長は大掛かりな詐欺だったと警告を鳴らす。

ところで、わたしたちは幸せになったか?
Are we happier?

科学革命が起こり、近代経済の成長に拍車がかかったいま、ハラリは問い直す「わたしたちは幸せになったか?」と。

  • 石器時代の狩猟採集民よりも幸せに違いないという、進歩主義的な見方
  • 新たな発明がなされるたびに、エデンの園との距離はまた一段と開くという、ロマン主義的な見方
  • 暴力が減り、国家間の戦争は消え、大規模な飢饉も一層されたという、その中道の見方

を考察しながらも、このような見方をしていられるのも「他のあらゆる動物たちの運命をまったく考慮しない場合に限られると指摘する。人類だけの幸せだけを考慮することは、誤りだと。

これまでの出来事がサピエンスの幸せ、そして他の生物種にどのような影響を与えたのかについては、これまでほとんど顧みられなかった。ハラリはこれを「人類の歴史理解にとって最大の欠落」とし、「この欠落を埋める努力を始めるべきだ」と提案している。

最後に、ハラリは未来への目を向ける。

 

延長線上にない未来
自然選択の法則を打ち破り、生物学的に定められた限界を突破し始めたわたしたち。

ダーウィンの進化論の自然淘汰の視点では、キリンの首が長くなった理由を太古の競争のおかげと考える。知的設計者(intelligent designer)の存在を想定してはいない。しかし、未来のホモ・サピエンスは知的設計者になりうる、いやなり始めている。

ハラリが、この自然淘汰に取って代わる可能性があるものを3つあげている。生物工学、サイボーグ工学、非有機的生命工学の3つだ。ヒトやマウスの遺伝子工学的な改変、ネアンデルタール人など絶滅人類の復元の研究、サイボーグ・バイオニック生命体、人工生命などの未来を考察している。これらの技術を駆使した先にある未来、つまり過去の延長線上にある未来とは全く別の将来に待つ時代を、ハラリはこう指摘する。

「人類」という言葉そのものがその妥当性を問われる

神になった動物 ホモ・サピエンス

わたしたちは、かつてないほど強力である。

しかし、その力の使いみちを知らない。

ハラリからの最後の警告。

サピエンスによる地球支配は、なにも自慢できるものはない。

環境を征服し、食糧を増やし、帝国を打ち立ててきたが、個々のサピエンスの幸福度は必ずしも上がっていない。

ましてや、他の動物たちに至っては甚大な災禍を招いた。

わたしたちは、かつてないほど強い。

ホモ・サピエンスは神になった唯一の動物である。

しかし、自分が何を望んでいるかわからない神ほど危険なものがあるだろうか。